迷色まくるの巡礼の日々

とりとめのない話

95%のリアルを即興で。

第四章 約束

その夜は勝負の夜だった。

一か月前。

友人は言った。

次に会う時、先に話しかけたほうが勝ちだと。

僕はその言葉を真に受けた。

どうやって話しかけよう。

何を言おう。

何度も考えた。

メモまで用意した。

当日はお腹が痛くなるくらい緊張した。

なのに実際はどうだっただろう。

二時間待って。

ポテトチップスを食べて。

完全に油断したところで隣に現れた友人に、

「こんばんは」

と言われた。

僕は準備していた言葉を口にした。

「無いようが内容」

すると友人も同時に言った。

「引き分けですね」

結局、勝負は引き分けだった。

だからお互い願い事を一つ書くことになった。

友人はあらかじめ用意していたカードを取り出した。

僕もカードを受け取った。

その場では開けない。

宿に帰ってから見る約束だった。

別れ際。

友人は笑っていた。

僕も笑っていた。

その時はまだ知らなかった。

最後のサプライズが残っていることを。

宿に戻る。

風呂に入る。

水を飲む。

少し落ち着く。

それでも緊張していた。

今夜だけで何度驚かされたか分からない。

まだ何かあるのだろうか。

カードを開いた。

そこには短い言葉が書かれていた。

『これからもよき友人でいてほしい』

思わず笑った。

なんだ。

そんなことか。

当たり前じゃないか。

そう思った。

けれど。

数秒後。

数分後。

じわじわと胸が熱くなった。

この夜のために。

一週間前から。

何を書くか考えていたという。

たった一つだけ書ける願い。

もっと面白いことも書けたはずだ。

無茶なお願いだってできたはずだ。

それなのに。

友人が選んだのは、この言葉だった。

『これからもよき友人でいてほしい』

勝負の夜だった。

勝ち負けを決めるはずの夜だった。

けれど最後に残ったのは、

勝利でも敗北でもなかった。

これから先も続いていく約束だった。

ジャズを聴く約束。

また会う約束。

笑い合う約束。

そして友人でいる約束。

僕はカードを閉じた。

窓の外は静かな夜だった。

人生には、ときどき信じられないようなことが起きる。

数か月にわたる変装。

伏線だらけのサプライズ。

答え合わせの夜。

まるで小説みたいな出来事。

きっと僕は死ぬ前にこの夜を思い出す。

楽しいことがあった人生だったな、と。

あの夜、僕は名探偵にはなれなかった。

けれど、とても良い友人を持っていることだけは確信した。

第三章 怒らない?

「でも、本当に話したかったのはまだ別なんです」

友人はそう言った。

僕は笑った。

これ以上まだ何かあるのか。

今夜だけで十分お腹いっぱいだった。

変装の種明かし。

一か月越しの伏線回収。

人生初の体験ばかりだ。

これ以上驚くことなんてないだろう。

そう思っていた。

友人は少し歩く速度を落とした。

そして珍しく言い淀んだ。

「あのですね」

少し間があった。

「怒らない?」

僕は首をかしげた。

怒る?

何をだろう。

むしろ今のところ感謝しかない。

「怒らないと思うけど」

そう答えると、友人は少し安心したようだった。

けれど、まだ言いにくそうにしている。

「本当に?」

「たぶん」

「絶対?」

「たぶん」

友人は吹き出した。

僕もつられて笑った。

それでもまだ躊躇している。

そんな姿を見るのは少し珍しかった。

いつもは人をからかって楽しんでいる側なのに。

ようやく友人は口を開いた。

「私、三月から毎回来てます」

僕は意味が分からなかった。

三月から?

毎回?

頭の中で言葉が空回りする。

「え?」

「三月のライブもいました」

「え?」

「五月もいました」

「え?」

自分でも驚くほど語彙が消えていた。

友人は苦笑いしていた。

僕は立ち止まりそうになった。

三月。

僕が二回目にあの店へ行った日。

ジャズが心地よくて。

また来たいと思った夜。

その時。

同じ空間に。

いた?

「いやいやいや」

思わず笑ってしまった。

「いたの?」

「いました」

「ずっと?」

「ずっと」

「なんで言わないの?」

「ゲームです」

友人は即答した。

僕は大笑いした。

なんだそれ。

なんだそれは。

三か月だ。

三か月もの間。

僕だけが知らなかった。

同じ音楽を聴いて。

同じ空気を吸って。

同じ店にいて。

友人だけが知っていた。

僕は急に三月の記憶を掘り返し始めた。

すると、一人の人物が浮かんだ。

読書をしていた人。

ボーイッシュで。

性別もよく分からなくて。

なんだか気になって。

たしか何度か見てしまった。

「まさか」

僕は顔を上げた。

友人は観念したように笑っていた。

「めっちゃ見てましたよね」

僕は頭を抱えた。

記憶がよみがえる。

見た。

たしかに見た。

結構見た。

いや、かなり見た。

「ごめん!」

思わず謝った。

友人はけらけら笑った。

「だから怒らない?って確認したんです」

夜風が吹いた。

僕も笑った。

怒るどころか。

不思議な気持ちだった。

三月の夜が突然違う意味を持ち始める。

僕だけが知らなかった物語が。

今、ようやく僕の手元に届いたのだった。

第二章 そういうこと?

「何が引き分けなんだ」

それが僕の第一声だった気がする。

いや、実際にはもっと支離滅裂なことを言ったかもしれない。

正直、よく覚えていない。

2時間待った末に現れた友人は、僕の知っている友人ではなかった。

正確には、顔も服装も声も知らない。

けれど中身だけは間違いなく知っている。

そんな人だった。

僕は脳が処理落ちしたまま、車で来たのかとか、どこに停めたのかとか、ひどく当たり障りのない話をしていた。

友人はそんな僕を面白そうに眺めていた。

音楽が流れていた。

ジャズのことは詳しくない。

けれど、同じ曲を聴いているだけで少しずつ落ち着いてきた。

不思議なものだ。

顔は知らないのに、笑い方は知っていた。

声は違って聞こえるのに、話し方は知っていた。

そして気づけば、初対面だったはずの相手といつものように話していた。

友人はやたらと僕を褒めた。

かっこいいとか。

モテないわけがないとか。

僕は照れくさくなって、

「ありがと〜」

としか返せなかった。

ライブが終わった。

店を出る。

夜風が少し気持ちよかった。

どこへ行くでもなく二人で歩いた。

その時だった。

友人が何気なく言った。

「肩パッド大きすぎませんでした?」

僕は意味が分からなかった。

「髪型も心配だったんですよね」

さらに意味が分からなかった。

仕事帰りだから慌てていたのだろうか。

そう思った。

けれど話を聞いているうちに、頭の中で何かがつながった。

いや、つながりかけた。

「待って」

僕は立ち止まった。

「そういうこと?」

友人は笑うだけだった。

否定しない。

僕の頭の中では、一か月前のライブが再生されていた。

黒い服。

短い髪。

堂々と音楽を楽しむ姿。

そしてもう一人。

途中から現れたおしゃれな女性。

まさか。

いや、でも。

まさか。

「僕の推理、当たってたの?」

友人はまた笑った。

その夜、僕は人生で1番気持ちのいい伏線回収を味わった。

推理小説のラストみたいだった。

違うな。

推理小説よりミステリーだった。

だって作者本人が、隣を歩いているのだから。

第一章 知らない声

ジャズバーのポテチは妙にうまい。

2時間も待たされた夜なら、なおさらだ。

僕はカウンター席で1人スマホを眺めながら、皿の上のポテチを一枚つまんだ。

ライブは始まっていた。

ピアノが鳴り、ヴォーカルが応える。

店内には心地よい熱気がある。

けれど僕の視線は何度も入口へ向いてしまう。

来るはずの友人は現れなかった。

いや、本当に来るのかどうかさえ分からない。

5年以上話している友人なのに、顔を知らない。

妙な話だが今どきな関係といえばそうなのか。


1か月前。

相手だと分かったら声を掛けようと約束をした。

そしてこの店で見かけた2人の女性。

1人は黒づくめでボーイッシュな雰囲気。

もう1人は若くておしゃれな女性。

どちらも友人かもしれないと思ったし、どちらも違う気もした。

挙句の果てには、

「実は同一人物なんじゃないか」

などという、自分でも笑ってしまう推理まで披露した。

友人はその話を聞いて、けらけら笑っていた。

そして何も教えてくれなかった。

秘密です、とだけ言って。

僕はため息をついた。

今日は来ないのかもしれない。

仕事が長引いたのかもしれない。

日付を勘違いしたのかもしれない。

もう考えるのも面倒になってきた。

ポテチをもう一枚口に放り込む。

その時だった。

誰かが隣の席に座った。

「こんばんは」

知らない声だった。

僕は顔を上げた。

知らない人だった。

少なくとも、そう見えた。

けれど、この状況で僕に声をかける人間は一人しかいない。

脳が理解を拒否したまま、僕は準備していた言葉を口にした。

「無いようが内容」

すると相手は同時に言った。

「引き分けですね」

僕は完全に混乱した。

何が引き分けなんだ。

そして、この夜はここから始まった。

邂逅

初めて対面する人の印象について、その後の長い人生においてどのくらい覚えているだろうか。僕は一生忘れないだろう初対面を体験した。長年の友人。月に2度、2時間会話し、最近では文通も始めた。でも顔は知らない。街ですれ違っても、店などで同じ空間にいたとしても気付かない人。趣味絡みから対面することに。ドキドキしながら、とあるイベント会場である飲食店へ。そこで、彼女は思いもつかない初対面のサプライズをしてくれた。素人がやるには壮大すぎる。とても楽しくてうれしいサプライズ。詳しくは書けないが、アイデアと時間とコストと労力をかけて。僕との初対面のためにエネルギーを使ってくれたのがとてもうれしい。いつまでも忘れられない思い出になった。きっと死ぬ前に思い出すだろう。楽しいことのあった人生だったな、と。また、初対面後、意表を突かれた僕の驚きと、人見知り(知ってる人なのに)が発動してうまく話せるまで時間がかかったのもいい思い出。イベント終了後もいろいろ話し込んで、最後にはうれしいメッセージも。僕も同じ気持ちなのだが、敢えてメッセージとして送ってくれたことに、じーんと胸が温かくなった。僕の人生、どんどん楽しくなる。風呂上がりの緩んだ気持ちにて

巻込

周りを巻き込むことの大切さ。近年それを学んだ。昔からひとりで忍耐する癖があり、困難なことをひとりで抱えて我慢してきた。特に話の通じない人への関わり方について。常識の範囲内でこちらの指示や希望を伝えても、彼らは独りよがりの持論を展開。聴く耳を持たない。僕は、自分が我慢すればいいや、と問題を先延ばしに。もしくはその人の領域まで僕が肩代わりしてきた。仕事も、家庭内での役割も。2度のうつ病を経験し、休職中にカウンセラーや復職支援プログラムの講座等で、まずは、おかしなことについておかしいと強く思うこと、そして、ひとりで対処できないときは人を頼ること、巻き込むことの大切さを学んだ。カウンセラーや保健師、上司、親、親戚、同僚、友達、ネッ友、床屋のおっちゃんなどなど。話せる人に話しまくる。頼れる人がいれば、しっかり頼る。自分がつぶれないように。そして、おかしな人に対し、ちゃんと『おかしい』と伝えることもだいじ。間違いなく反論、持論展開されるだろうけど、言うことが大事。言いなりになる人間ではない、とのアピール。そして、自分がおかしなこと言ってるよって彼らの頭のなかに入れること、少しでも残ることに期待。期待薄かもしれないけど。自分を大切にするために。自分の気持ちは言っていきたい。部下に手を焼く週初めの昼休みにて

浄化

しんどいことを笑い飛ばせる相手がいるのは幸せなことだ。僕は長い間、つらいことがあってもひとりで抱えてきた。友達に悩み相談しても、そういう話は苦手、と暗に話題をそらされたりした。相談の仕方も重かったのだと思う。たま〜に話を聴いてくれる人がいると、僕は重い話を延々として相手を困らせた。今思えば、だけど。当時はそんなことにも気づかなかったのではないかな。最近になって、しんどいことを笑い飛ばせることに気づいた。これはネッ友を笑わせたいと思い、しんどい話を面白おかしく話すことを始めた。そしたらネッ友はけらけらと腹を抱えて笑ってくれた。見えないから腹を抱えていたかはわからないけど。それが心地よくて、ネッ友をいかに笑わせるかということを追求。ネッ友に話し、ネッ友が笑ってくれることにより、しんどい話が浄化されていった、ように感じる。話に付き合ってくれるネッ友には感謝してもしきれない。最近は同僚とも同じようなことをしている。彼も僕もとても特徴的な部下を持っており、互いに部下の話を共有、笑い飛ばすことにより、やりきれない気持ちを処理している。これが、同部署の人間だとこうもいかない気がする。単なる愚痴になり逆にストレスが増す。少し離れた位置にいるからこそ互いの立場に共感し笑い飛ばせることができるのだ。しんどいことに対し、自分の心を持っていかれないように、ネッ友や同僚に話し、笑い飛ばしていきたい。
部下急休による業務代行の合間にて