今まで「仕事で無理をしていた」僕ですが、
『仕事を一生懸命やらないこと』に決めました。
なぜって、自分にとって大事なものは「健康」や「家族の笑顔」であるから。
無理して仕事して昇進し「収入UP」や「社内的地位」を得ても、その代償として、体を壊したり、休みを返上するのは意味がないと思います。
今回は、「無理をしている人」に対し参考になればと思い、そのような考えに至った経緯を記したいと思います。
課長代理として
1年ほど前、課長が病気で長期療養になったけれど、人的補充はありませんでした。
これをチャンスととらえた僕。
勝手に課長代理としての覚悟を決め、やる気スイッチが入りました。
「課長として仕事ができますよ」というアピール開始。
課員達のそれぞれの特性を考慮し、「自分でする仕事」と「他人に任せる仕事」を見極めて仕事を振り、また他人の仕事のケアも行いました。
自分で言うのもなんですが、あの頃は頭が冴えてたのです。
難解な課題についても次々といいアイデアが浮かんでいました。
まとまりのなかった課をまとめ、課としてうまく機能させることができていたと思います。
また、たとえ自分にとって困難な仕事、苦手な仕事であろうとも、積極的に取り組みました。
「大変だ」とか「疲れた」だとかいう思考を敢えて遠ざけていました。
本当はものすごくしんどかったのに。
上司である部長について
上司である部長は、ある程度僕の方でコントロールできる単純な人。
そんな部長に気に入られるよう、苦手な「おべっか」や「ご機嫌取り」も頑張りました。
ただし、彼は性格的に難がありました。
早とちりな上、ものすごいせっかち。若干のパワハラの気もありました。
そして、そもそも部署の仕事を分かっていませんでした。
勝手な思い込みですぐ行動します。
それらの多くはピントが外れた行動でした。
僕たち部下が進言しても聞く耳は持ちません。
そんな部長は他部署に無理な指示を出すことが多かったです。
彼は、社内的な政治力があったため、他部署は従わざるを得ません。
みんな大きな迷惑を被っていました。
結果、他部署の部課長の不満の矛先は、クレームを言いやすい僕に集中することに。
内向的な僕は反論もできず、そのクレームを全て受け止め、謝罪するしかありません。
ただでさえ「人数減」なところに「よけいな仕事」が増えていきました。
僕たち部下は振り回されっぱなしでした。
ほころび
あきらかなオーバーワーク。
周りも心配してくれていました。
「無理しすぎだよ。パンクして倒れる前に無理を抑えて」
さまざまな忠告・アドバイスを僕は無視しました。
無理をして実力以上のことをしていました。報われることを信じて。
いや、何故か「できない」とか「無理です」とか言えませんでした。
自分が「転職組」で「次の就職先は無い」と思い込んでいたのかな。
しかし、多大な仕事量と責任の重さ、精神的なプレッシャーのためか、次第に仕事をうまくこなせないように。
僕の精神は確実に病んでいきました。
そして、精神科でのとの診断結果は「中程度うつ病エピソード」。。
『仕事ができる人』と自分の比較
しばらく自宅療養しました。その間に考えたこと。
「仕事をバリバリする人・昇進する人」は精神的にもタフで向上心もあり、外向的。
また、他人を蹴落としてでもというハングリー精神の持ち主。
対して自分は、もともと精神的に弱く内向的で向上心もありません。
また、人を蹴落とすことは絶対にできません。
悟り
このままでは心も身体も疲れてしまう。
とても定年まで持ちそうにない。
そこで悟りました。
もうやめた。100%の力で、一生懸命仕事をやるのをやめようと。
ある程度手を抜いて、余力を残して仕事しよう。
イメージとして60%の力でしょうか。
また、課長になるのを諦めました。
今まで、仕事ができないと思われたくなかった。
でも、「仕事が出来ない自分」を受け入れます。
楽にゆる~く生きて行こうと思う。60%の力で。
今、新しい課長は「仕事ができない僕(60%バージョン)」を受け入れてくれません。
彼は僕に重い仕事を与え、「いかに僕が仕事ができていないか」責めてきます。
ですが、世の中には「何を言われても気にしない人」が存在します。
そういう人がすごく羨ましい。
そういった人を見習いたいです。
「仕事を一生懸命やらないこと」をモットーにして生きていきたいと思います。